中国会社法における出資払込未了の株式譲渡に関する規定
■株主の出資履行に関する法改正の推移
中国の改正「会社法」(2024年7月1日施行、以下「2024年改正法」という)では、有限責任公司の株主による出資履行について、会社設立日から5年以内に、会社定款の規定に従って全額払込む必要があるとされている(第47条1項)※1。
ところが、法改正前は、払込期限を5年間に制限する規定はなく、実務的には、株主による出資金の払込期限を相当長期間とし、または事実上定めていない事案(例えば、会社設立日から30年としたり、経営期間内としたりする事案)が散見された。
このような事情を受けて、2024年改正法第266条は、既存会社の資本金払込期限について、法律、行政法規または国務院の別段の規定がある場合を除き、改正後の関係法規定に従って順次調整しなければならないとしている。そして、国務院及び国家市場監督管理総局は、既存会社の資本金払込期限を、以下のように調整するものとした※2。
1. 2024年6月30日までに設立された既存の有限責任公司の出資履行については、3年間の猶予期間を設けたうえ、払込未了の出資金の払込期限を最大5年以内に調整しなければならないとされている。すなわち、既存会社の定款において、資本金払込期限が2027年7月1日から5年間(すなわち2032年6月30日)を超過する場合、払込期限を2032年6月30日までにするよう調整しなければならない。
2. 2024年6月30日までに設立された既存の有限責任公司の定款に、出資金を2032年6月30日までに払い込む旨が定められている場合、払込期限の調整は不要である。
かかる資本金払込期限の調整のほか、2024年改正法第88条1項では、払込期限が猶予されている株主が持分を譲渡する場合の規律が新たに設けられた。すなわち、①譲受人が払込未了の資本金に対して出資義務を負う一方で、②譲受人が払込期限に全額払い込まなかった場合、譲渡人は補充責任を負う旨が規定された。
さらに、2024年6月29日に公布された「最高人民法院による『会社法』の時間的効力の適用に関する若干規定」(法釈[2024]第7号、2024年7月1日施行、以下「時効規定」という)第4条1項では、上記第88条1項の規定は、法改正前の持分譲渡事案にも適用されるものとされていた※3。
ところが、時効規定は、「立法法」※4により定められた法の不遡及という原則に反している、元株主(譲渡人)の補充責任をめぐる訴訟が急増する中で、不透明な判断基準により判決結果の混乱と矛盾を惹起しているなど強い批判を受けた。
このような状況を踏まえ、2024年12月24日、最高人民法院は「『会社法』第88条1項の不遡及適用に関する回答」(法釈[2024]第15号)(以下「最高裁回答」という)を公表した。本回答により、2024年改正法第88条1項の遡及効が否定され、「時効規定」第4条1項は適用されないこととなった。
以上のとおり、株主の出資履行に関する法制度は、状況を踏まえて複数回改正されているところ、以下では、持分譲渡における譲渡人の責任に関する従前の裁判例の動向を簡単に紹介したうえ、最高裁回答による裁判実務への影響を検討する。
■2024年改正法施行前の裁判例の動向
中国会社法では、払込みについて期限の利益が存することから、払込未了の株主であっても、引き受けた資本金を払い込まないまま持分譲渡することが認められる。
2019年以前の裁判例では、株主の出資払込みに関する期限の利益を認め、持分譲渡後に譲受人が払込義務を履行しない場合であっても、譲渡人まで責任は及ばないとする裁判例が多かった※5。
しかし、2019年以降、最高人民法院による「『全国裁判所における民商事審判業務会議の紀要』の配布に関する通知」(法〔2019〕254号)と「『会社法』の適用の若干問題に関する規定(三)」(以下「会社法解釈(三)」という)の施行に伴い、株主の出資払込みに関する期限の利益に制限が設けられた※6。
これらの規定の施行に伴い、債権者に対する債務の発生時期と持分の譲渡時期の先後等の事情により、元株主に会社の債務を潜脱する悪意があったか否かを判断したうえ、一定の条件を満たした場合、元株主(譲渡人)が払込未了となっている資本金の範囲内で責任を負うという判決が見られるようになった。しかし、具体的な法的根拠、債務発生時期の認定や譲渡人の悪意についての判断基準はまだ統一されていなかった。
■最高裁回答による裁判実務への影響
最高裁回答によれば、2024年改正法第88条1項は、原則として、2024年7月1日以降に発生した払込期限未到来の持分譲渡事案についてのみ適用され、法の不遡及原則により、2024年6月30日以前に持分を譲渡した元株主は適用されないことになる。また、2024年6月30日以前の出資責任をめぐる紛争については、人民法院が改正前の会社法及び他の関連法律の規定の趣旨に従い、公平かつ公正に処理するべきと規定している。
この点について、実務上では、特に強制執行手続において、法改正前の持分譲渡について、元株主に対し遡及的に補充責任を追及する裁判例が多数みられる。また、持分が複数回譲渡された場合、複数の譲渡人が負う補充責任の順位や金額の割合などの実務上の問題についても、解決されているとは言い難い。
最高裁回答が、これらの事案について一定の影響を及ぼす可能性があるため、今後も実務的な動向を注視することが必要であろう。
※1 股份有限公司(株式会社に相当する)の場合、発起人は引き受けた株式に応じた資金を会社設立前に全額払い込まなければならないとされている(「2024年改正法」第98条1項)。
※2 2024年7月1日「国務院による『中華人民共和国会社法』登録資本金登録管理制度の実施に関する規定」(国令第784号)第2条及び「公司登記管理実施弁法」(国家市場監督管理総局令第95号、2025年2月10日施行)第8条参照。
※3 当該司法解釈第4条では、時効規定の一般原則に関する例外として、改正会社法が遡及適用される旨が定められている。すなわち、同条柱書には、改正会社法の施行前に発生した法律事実に起因する民事紛争であって、当時の法律または司法解釈に規定がなく、会社法で新たに規定された場合には、会社法の規定が適用される旨の規定が存する。そして、具体例として、同条1号では、改正会社法施行前に株主が払込未了の持分を譲渡した場合であって、譲受人が期限内に出資の払込みをしないときは、改正会社法第88条1項が適用される旨規定されている。
※4 立法法第104条は、「国民、法人及びその他組織の権利と利益をより一層保護するために設けられた特別規定を除き、法律、行政法規、地方性法規、自治条例、単行条例及び規則は過去に遡及しない」旨を定めている。
※5 例えば、裁判例((2019)湘04民終674号)において、裁判所は、元株主による払込期限が到来されていない段階での持分譲渡は、払込期限が到来後の出資義務の不履行とは異なるものであるため、元株主は債権者に対して補充責任を負わないものと判断した。
※6 法【2019】254号という紀要第6条は、株主の出資払込みに関する期限の利益を原則として認めるものの、「会社が強制執行被申立人となった事案において、人民法院の強制執行措置が尽くされたことにより会社に強制執行可能な財産がなく、すでに破産事由を具備しているが、破産申立てをしていないとき」といった例外状況に限って、払込みに関する期限の利益の喪失が認められ、株主が出資不足分による補充責任を負うとした。また、「会社法解釈(三)」(2020年修正)第18条1項及び第13条2項は、有限責任公司の株主が、その引き受けた資本金のうち、払い込まれていない持分を譲渡した場合、その出資不足分の範囲内の元金・利息に限って、会社の弁済できない債務を賠償する蓮台責任を負うものとしている。