中国「専利法実施細則」改正のポイント
2023年12月21日、国務院により「中華人民共和国専利法実施細則(2023年改正)」※1(以下「改正細則」という。)が、中国国家知識産権局(以下「CNIPA」という。)により「専利審査指南(2023)」(以下「2023指南」という。)及び専利審査業務に係る経過措置等の部門規定が公布された(施行日はいずれも2024年1月20日である)。
中国「専利法」については、2020年改正(2021年6月1日施行)により、オープンライセンス制度及び部分意匠制度の導入、権利侵害行為に対する行政の取締り権限の拡大、損害賠償額の引上げなど大幅な改正が行われた。
改正細則は、改正専利法の内容や運用をより具体化したものである。改正細則は全13章149条からなり、専利の出願・再審・無効審判手続等の審査、権利有効期限の補償、特別ライセンス、職務発明、権利保護等が含まれている。
本稿は、主に専利の実施と権利保護に関する改正点のポイントを紹介する。なお、特に表記しない場合、引用条文は改正細則の該当条文を指すものとする。
■ オープンライセンス制度の具体化
専利法(2020年改正法)第50条及び第51条は、オープンライセンス制度を規定している。すなわち、権利者がCNIPAに対し、いかなる単位又は個人にも実施を許諾する意思があると表明し、かつライセンス料の基準及び支払方法を明確にした開放許諾声明を提出した場合、CNIPAがこれを公告し、開放許諾を実施することになる。権利者は、オープンライセンスの実施期間中、納付する専利年金の減免優遇を受けることができる。オープンライセンスは、専利権の取引を促進するための制度であり、大学や研究機関が当該制度を活用するケースが多い※2。
改正細則(第85条及び第86条)によると、開放許諾声明は専利権付与公告後に行う必要があり、その内容として、専利番号、権利者の氏名又は名称、ライセンス料の基準と支払方法、ライセンス期限等を明記する必要があるとされている。なお、独占的又は排他的ライセンス契約の有効期間にあるもの、質権が設定されており質権者の同意を得ていないもの、年金が支払われていないもの、権利帰属について係争中であるもの等は、オープンライセンス制度の適用外とされている。
2023年指南※3第五部分第十一章第8条)によると、権利者が開放実施許諾の届出を行った場合、専利年金の減免を申請したものとみなされる。この点について、CNIPAは、オープンライセンスの届出日から専利有効期限までを専利年金の減免期間としている。
また、オープンライセンスのライセンス料率や支払方法等について、CNPIAは「専利開放許諾使用料見積手引き(試行)」(国知弁発運字【2022】56号)※4を公布し、実施に伴う生産利益や過去のライセンス料、統計データ、国際一般的なライセンス料率、無形資産の評価ルール等を参考にして定めることを推奨している。
■ 職務発明の奨励金及び報酬金に関する規律変更
職務発明を出願する権利(専利を受ける権利)は、原則として発明者の所属単位に帰属し、当該所属先は発明者に対し、専利権が付与された場合は奨励金、専利権の実施後は合理的な報酬を支払う必要がある。そして、奨励金と合理的な報酬については、株式、ストックオプション、配当等の方法を採用し、財産権によるインセンティブを付与することが推奨されている(専利法第6条及び第15条)。
これを受けて、改正細則は、職務発明の奨励金及び報酬について、以下のような基準を設けている(第92条~94条)。
まず、奨励金の最低額が、発明の場合は3000人民元から4000人民元に、実用新案及び意匠の場合は1000元から1500元に引き上げられた。
次に、実施に伴う報酬金について、支払方法と金額の基準が発明者との間で約定又は社内規程に定められている場合はそれに従い、当該約定又は定めがない場合、「科学技術成果転化促進法」の規定に従い、合理的な報酬を支給しなければならない旨を規定している(なお、改正前は、自己実施により得た営業利益、第三者に実施許諾の場合は受け取ったロイヤルティーに一定の割合の金額を発明者に支払うものとされていた※5)。
「科学技術成果転化促進法」第45条は、約定又は規定がない場合、科学技術成果の完成や転化に重要な寄与をした者に奨励金及び報酬を支給するものとしている。そして、その基準について、①自己実施の場合は、3年~5年間、毎年、その実施により得た営業利益の5%を下回らない金額、②第三者への譲渡又は使用許諾の場合は、権利者が受け取った純利益の50%を下回らない金額、③当該権利をもって現物出資した場合は、権利者が保有している株式の50%を下回らない比率の株式とされている。
改正細則の施行により、職務発明に関する奨励金や報酬金が、従前より高額になるものと考えられる。企業側としては、発明者又は創作者との間で、十分に協議を行った上で、技術の内容やレベルに合わせて、合理的な約定や社内規程を設けるべきである。
■ 専利権評価報告書について
実用新案と意匠は、登録の際に実体審査を要せず、方式審査のみで足りることから、特許に比べて権利の安定性を欠くという側面がある。そのため、中国「専利法」では、専利権評価報告制度が設けられており、権利者、利害関係人又は権利侵害で訴えられた者はCNIPAに対し、授権公告がなされた実用新案又は意匠について、専利権評価報告書の作成を請求することができる(専利法第66条)。
改正細則では、CNIPAは、専利権評価報告の請求を受理した日から2ヶ月以内に報告書を発行しなければならないとされている(第63条)。
専利権評価報告書はCNIPAが発行されるものであるため、実務上、専利性を有することに関する証明力の高い証拠として、実用新案または意匠の権利行使において広く利用されている※6。一方で、個別のケースでは、専利権評価報告書に先行技術又は先行デザインに類似する実用新案・意匠が明記される場合もあり、被疑侵害者からこれをもって非侵害であるとの反論を受けることもある。そのため、実務上は、専利権評価報告書を請求する前に、専門家に依頼して、不利な結果が生じる可能性の有無等を調査するなど、慎重に対応することが多い。
■ 終わりに
改正細則では、専利権の権利化手続や経過措置、国際出願手続なども詳細に定められており、不正な出願に対応するため信義誠実の原則も追加されている。また、権利侵害行為に対する行政機関の取締り権限範囲が拡大されており、専利権保護の促進という面から評価に値する。しかし、実務上では、解決すべき課題がまだ多く残されているため、改正細則の運用や法執行部門の最新の動向を引き続き注視する必要がある。
※1 https://www.cnipa.gov.cn/art/2023/12/21/art_3317_189352.html
※2 中国技術取引所が構築する「専利開放許諾情報の公開及び取引プラットフォーム」の公開情報をベースにすると、2021年6月1日のオープンライセンス制度以降、当該制度に基づき使用許諾を行った者の9割が大学等とのことである。https://patentol.ctex.cn
※3 https://www.cnipa.gov.cn/art/2024/1/16/art_75_189691.html
※4 https://www.cnipa.gov.cn/art/2022/10/24/art_75_179776.html
※5 改正前の専利法実施細則第78条を参照。専利権を付与された単位が発明者、創作者と実施に伴う報酬の方式及び金額について約定しておらず、また法に従いそれが制定した社内規則制度においても規定していない場合は、専利権の有効期間内に、発明に係る専利を実施した後、毎年、当該発明または実用新案の実施による営業利益の2%を下回らない額又は当該意匠の実施による営業利益の0.2%を下回らない額を控除し、発明者又は創作者に報酬として与えなければならない。第三者に実施許諾をした場合、その受け取ったライセンス料から10%を下回らない額を控除し、発明者又は創作者に報酬として与えなければならない。
※6 例えば、実用新案または意匠の権利侵害訴訟では、裁判所から立件書類として、専利権評価報告書の提出を求められることが一般的である。また、税関に対する知的財産権保護申請やEコマースプラットフォーム(例えばAlibaba.com)に権利侵害品の摘発を申し立てる場合も、専利権評価報告書の提出が求められる。さらに、実用新案・意匠の権利者がオープンライセンス制度を利用するため、CNIPAに申請する場合も、専利権評価報告書の提出が必要になる(専利法第50条第1項)。