中国「消費者権益保護法実施条例」
中国では、消費者の権益を保護するための法律として「消費者権益保護法」(1993年制定、2009年及び2013年に改正、以下「保護法」という)が存在する。
2024年3月15日、国務院は、上位法である保護法に基づいて、「消費者権益保護法実施条例」(以下「条例」という)を公布した(施行日は2024年7月1日)。
条例は計7章全53条からなり、消費者の権益保護を定めた中国で初めての行政法規である。その内容は、近年生じている新しいビジネスモデルや消費者案件に関する実務上の動向も踏まえて保護法の規定を具体化するものであり、注目に値する。
本稿では、条例の主要なポイントを簡単に紹介する。なお、特に表記しない場合、引用条文は条例の当該条文を指すものとする。
■商品・サービス提供の安全保障義務
事業者は、提供する商品又はサービスが人身・財産の安全を保障する条件を満たしていることを保証する義務を負っている(保護法第18条)。
条例は、事業者が無料で商品やサービスを消費者に提供する(例えば、景品・贈答品・試供品など)場合であっても、安全保障義務を免れない旨を定めた(第7条)。この規定は、従前の司法解釈を踏まえたものであるが※1、無料であるからといって責任を免れないことが明確にされており、事業者にとって注意を要する規定である。
■事業者リコール義務の具体化
事業者は、提供する商品又はサービスに欠陥が存在し、人身・財産の安全に危害を及ぼす危険のあることを発見した場合、自ら又は行政機関の命令により、リコール※2等の措置を講じなければならない(保護法第19条、第33条)。
条例では、リコールに関する条項をより具体的に定めている(第8条)。
1.消費者によるリコール提案権の追加
消費者は、事業者が提供する商品又はサービスに欠陥が存在し、人身・財産の安全に危害を及ぼす可能性があると判断した場合、事業者又は行政機関に対し、その旨を通知したり、提案したりすることができる※3。
2.リコール措置手順の明確化
リコール措置を取る場合、事業者は、リコール計画の策定、リコール情報の公開、消費者への権利告知を行うとともに、リコールの記録を漏れなく保管しなければならず、商品のリコールに伴い消費者が支出した必要費用を負担する必要がある。
3.リコールへの協力義務を負う「その他の関係者」の明確化
商品の販売者、リース業者、修理業者、部品のサプライヤー、OEM製造業者などの関連する事業者がリコールへの協力義務を負うことが明らかにされた※4。
■ライブ配信による商品・サービス提供者への規制
中国では、新しいビジネスモデル(特に流行しているのはライブ配信による商品・サービスの提供である)の出現に伴い、事業者のマーケティング手法も変化している。条例では、ライブ配信による商品・サービスの提供者が負う義務を定めている(14条)。
1. 制度構築や情報開示に関する義務
ライブ配信プラットフォーム事業者に対し、消費者権益保護の制度構築、消費者に関する紛争の解決体制の確立が義務づけられている。また、消費者紛争が生じた場合、プラットフォーム運営者は、消費者の要求に従い、ライブ配信運営者、ライブ配信者等の情報と事業活動記録等を開示する義務がある。
2. 広告法の遵守義務
ライブ配信運営者、ライブ配信者の配信内容が広告に該当する場合、「中華人民共和国広告法」の規定に従って、広告媒体主、広告代理店、広告出演者としての法的義務を履行する義務がある※5。これに違反したる場合、行政当局から、警告、違法所得の没収、罰金などの処分を受けるほか、営業停止、営業許可の取消しなどを命じられる可能性もある(第50条)。
■懲罰的損害賠償に関する免責規定
保護法第55条では、事業者が商品・サービスを提供するにあたり詐欺行為をした場合の「退一賠三」(原価を返還するほか、原価の三倍を賠償金として賠償する)という懲罰的賠償制度が設けられている。実務上、この制度を悪用し不当な利益を得ようとするプロクレーマーが現れ、事業者も過剰な対応を余儀なくされるケースが生じていた。
かかる弊害を避けるため、条例では、事業者の利益にも適切に対処するため、新たに免責制度※6が導入されることになった(第49条)。
つまり、商品やサービスのラベル・説明書・宣伝資料などに瑕疵があったとしても、商品やサービスの品質に影響を与えず、かつ、消費者の誤解を招かない場合、「退一賠三」制度は適用されないことになる。また、すり替え、偽造、商品の製造日付の改ざん、事実の捏造などの方法で事業者から賠償金を騙し取ったり、事業者を脅迫したりするような場合も、同制度は適用されないことになる。さらに、消費者の行為が違法又は犯罪と認定された場合、行政責任又は刑事責任を追及されることになる。
条例では、事業者による詐欺行為に対する懲罰性ルールを再確認するとともに、免責規定を設けることで、消費者の権益保護と事業者の正常な経営活動のバランスを図ろうとするものであり、実務上重要な意味を有すると考えられる。
■おわりに
条例は、消費者権益が問題となるケースについて、司法判断や行政上の取扱いを統一するための指針となると考えられる。また、懲罰的損害賠償に関する免責規定のほか、条例第51条では、事業者が自発的に違法行為の危害結果を除去又は軽減した場合、違法行為が軽微でかつ迅速に修正され危害がない場合、又は初回違法行為で危害が軽微でかつ迅速に修正された場合、処罰の軽微、軽減又は免除が可能である旨も定められており、事業者の正常な事業運営に対する配慮もなされている。
条例の施行により、消費者権益が問題となるケースにどのような影響が生じるか、今後も実務上の動向を注視する必要があるだろう。
※1 「最高人民法院ネットワーク消費紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する規定(一)」(法釈【2022】8号)第8条は、「電子商取引業者がプロモーションにおいて景品や贈答品などを提供することにより消費者に損害をもたらし、消費者が電子商取引業者の損害賠償責任を主張する際、電子商取引事業者が景品や贈答品などが無料で提供されていることを理由として免責を主張した場合でも、人民法院はこれを支持しない」と規定している。
※2 「消費品リコール管理暫定規定」(国家市場監督管理総局令第19号、2020年1月1日施行)第3条によると、リコール(中国語「召回」)とは、生産者が欠陥のある消費品に対し、警告表示の追加又は修正、修理、交換、返品などの是正措置を通じて、欠陥を除去するか安全リスクを軽減するための行動を指すものとされている。
※3 「消費品リコール管理暫定規定」第6条によると、いずれの組織や個人も、消費品に欠陥がある可能性がある旨を市場監督管理部門に報告することができるとされている。条例で新たに追加された消費者の提案権は、リコール制度を拡充するものと考えられる。
※4 「消費品リコール管理暫定規定」第16条は「その他の事業者」の協力義務を定めているものの、「その他の事業者」の範囲が明確に規定されていなかったため、条例において明確にされた。
※5 例えば、「広告法」第32条では、広告代理店、広告媒体主には、適法な経営許可証を取得することが義務付けられている。また、同法第31条では、広告主、広告代理店、広告媒体主は、広告活動においていかなる不正競争を行ってはならないとされている。
※6 この制度は「食品安全法」にも設けられており、同法第148条第2項では、食品安全基準に適合しない食品を製造又は販売した場合、消費者は「価額の10倍」又は「損失の3倍」の損害賠償を請求することができる一方で、食品のラベルや説明書における、食品の安全性に影響を与えず、かつ消費者の誤解を招かない瑕疵には適用されない旨が定められている。条例は、食品安全法に定められていた免責制度の適用範囲を、一般消費品やサービスにまで広めるものである。